No.51 ヒストリーレッスン Part 1 - ハーネス
アメリカとヨーロッパではそれぞれ独自のハーネスデザインの変遷があり、それぞれ現代まで続いている部分と消えてしまった部分があります。
どちらの歴史も、体ひとつで登っていたところからお腹にロープを巻き始め、それが今日のハーネスデザインへと繋がっているのです。
両方は出発点から、形も材料も用途も異なっていました。
アメリカの「サドル」もヨーロッパの「ハーネス」も両方が腰と太ももの周りに着用されていました。
腰の部分は時にバックパッドと呼ばれましたが、単独で使われる事もあり、その時は「ベルト」と呼ばれました。
「ベルト」が腰掛型の「サドル」に変化していきました。
腰周りに使われる素材はある時はロープ、ある時は革から作られ、そして現在ではほとんど合成繊維が使われています。
またショルダーストラップにはさまざまな形と特徴があります。
アメリカ人はそれをサスペンダーと呼びます。(カウボーイの時代から逃れることができない?)
重いチェーンソーがバックパッドを引き下ろすのを防ぐために付けられました。
時代が巡り現代の「フルボディー」または「フォールアレスト」ハーネスには強度が保証された材料と適用性が求められます。
ベルト/サドル/ハーネスと様々な呼び方はされますが、ポイントは体を守るのに十分な強度を持ったこの用具を着け、それにロープシステムを取り付けることで作業中(または遊び中)の安全を確保する事です。高所での活動中に万が一の墜落を防ぐ事です。
アメリカ
上の写真のように、アーボリストは横方向に動くことが求められます。
ロープシステムが水平方向にスライドするとその動きがしやすくなります。
それでほとんどの現代のハーネスにはロープやウェビングでできた「ブリッジ」が付いています。
しかしこの方法ばかりが使われた訳ではありません。
アメリカのハーネスデザインは西海岸の巨木をフリップラインを使って登り、ブロックをセットしたりトップカットをしてから伐倒した「ハイクライマー」たちから来ています。
最初はロープを腰の周りに通したループを使って巨木を上り下りしているのみでした。
カウボーイの土地で暮らす彼らは創意工夫により馬のサドルの一部を使い始めました。
それを腰に巻いてから、そこにロープを結んで登るようになりました。
快適さと安全性の向上に向けた最初の一歩でした。
こうしてアメリカの「サドル」文化が誕生したのです。
Tree Buzzメンバー
伝統的なウェストコーストベルト(この時点ではまだサドルではなかった)は超簡素な道具を使った巨木伐採から生まれた。
天然素材を三つ捻にした太さ20mm程度のフリップラインをアイ付きのベルトに通してエンドレスループ状にし、長さはリングやリギングプレートで調整していた。
「サイドD」リングは、クライミングロープとともに後から登場する。
斧とハンドソーをぶら下げるリングとクリップも取り付けられた。
クライミングスパーも使って、これで確実に巨大な針葉樹を上り下りできたのである。
枝を越える必要など無かったため、2本目のフリップラインも必要なかった。
(当時は安全には余り注意が払われなかった。)
クライミングラインやロアリングラインを結ぶのにリングとクリップがあれば十分だった。
他はチェーンソーとハンドソーをぶら下げるだけである。
リングはハンドソーの吊り下げ、ランヤード、ハンドソー用クリップの取り付け用だ。
この伝統的ベルトはクライミングスパーと太いフリップラインと共に使われた。
クライマーはこの道具立てで木に登り、途中の枝を切り払い、トップを切り落として、再びスパイクダウンした。
このような作業が、不要な枝のみを切り落とす(剪定)内容に変わってくると、クライミングロープが役立つようになり、それに伴ってレッグループが「ウエストコーストベルト」に追加された。
それらはほとんどロープと馬具から作られた自家製品だった。
ハップ ジョンソン
両サイドに付いたD型の金具に20mmもある麻のロープを直接縛り付けた”ウェストコーストベルト”を腰に付け、たるませたロープを振り上げながら体を持ち上げた瞬間にロープを引き戻して縛り直す。”シンプル”を絵に描いた男 ハップ ジョンソンはアメリカ西海岸ハイクライミングのレジェンド です。彼のビデオをご覧あれ。
(ビデオリンク)ハップ ジョンソンはアメリカ西海岸の伝説的ハイクライマーでした
50年代に入りアーボリカルチャーの産業が発展するにつれて、樹木の手入れ、剪定、都市部の危険木の除去といた需要も増加してきました。
上り下りの安全確保だけでなく、樹冠の先端部まで移動し、そこでワークポジショニングを取ることが優先事項になりました。
これに対応するための新しいデザインが求められ、レッグループが重要になりました。
ジェリー ベラネックは自著「木の仕事の基礎」の中で4種類のサドル(バックベルト、バットベルト、シートサドル、レッグサドル)について説明しています。
カスタム「ベルト」(レッグサドル)の作り方を説明する85ページからの抜粋を紹介します。
G.F.ベラネック
「ツリークライミングとそれに関連する仕事は非常に専門的であるため、私は常にカスタムメイドでベルトを作ることを提唱してきた。
カスタムベルトのフィット感は既製品よりはるかに優れている。
また既製品のようにバックルや調整具合に不満を感じる事がなくなる。
さらに高品質のアクセサリースナップやリングを自分の好みに応じて装備することもできる。
ロープはクライミングベルトに最適な素材だ。
手頃な価格で簡単に入手可能で、多くの異なる方法で結び、織り、編むことができる。
ロープを使った製作では、ナイロンウェビングのようにリベット、スティッチングといったストレスの掛かるポイントを作る必要がない。したがって、実際の素材が劣化する前にストレスポイントが引き裂かれるという事がない。
ロープは非常に長持ちする。
カスタムロープサドルは数十年の耐久性が期待できる。(クライマーが太って履けなくならない限り)
ロープサドルの作り方は何通りもあるが、その説明は紙面の関係で省略させてもらう。
カスタムメイドベルト製作に必要なものは、基本的な金属類、アクセサリー、そしてロープが少々、これだけである。
あとは少しの想像力と高品質な物へのこだわりがあれば良い。
私が使う金属類は自分で鍛造し溶接して作っている。
左: G.F.ベラネック 1980年 右: G.F. ベラネック 1980年
1940年代にカール・キューマーリングはループがリベットで留められたレザーベルトとレッグストラップを作成しました。そこには背中とレッグパッドにループがリベットで取り付けられ、そこにロープを通すようにしてありました。
これにより、誰でも自分の選んだロープや金物を使って簡単に自分流のカスタムサドルを製作することができるようになりました。
しかし安全性が重要視されるにつれて、これら個性的なサドルは時代遅れになっていきました。
近代化によってこのような芸術性が失われてしまいました。
この時代のスタイルに興味がある人には、ヴァリアントを紹介します。
マット コーネル設計による現代の伝統的カスタムベルトで、米国のEndor’sで販売されています。
左: カール キューマリングサドル 中央: ヴァリアントサドル 右: ポールポインターのカスタムヴァリアントサドル
ブリッジ付きレッグサドルは有用で人気がある事が証明されましたが、ジェリー ベラネック紹介の4種類(バックベルト、バットベルト、シートサドル、レッグサドル)も、まだほとんどすべてがWeaverで入手可能です。
Weaver WLC-100サドルは大きなDリング付きのベルトとバットストラップで出来ていてバットストラップのDリングにクライミングシステムを接続します。
ベルトの左右にはハンドソーやチェーンソーを吊るす小さなクリップとリングがあります。
ウエストを絞める金属バックルは使いやすく快適です。
Bry-Danハーネス
サドルは、バックパッド、レッグループまたはバットストラップの組み合わせで構成されています。
Blair’s Arborist Equipment(ネットショップ) には興味深いセレクションがあり、完全に装備されたパッド、ストラップ等のパーツが何種類かあり、クライマーはどれを組み合わせるか選択選択できます。
また1970年代にエド・ホッブズがデザインした有名なポジショニング/フォールアレストサドル「Bry-Dan」も販売しています。ホームページはこちらです。
アーボマスターとバッキンガムは、20年以上にわたって古典的で時代を超越したサドルを製作してきました。そして現在も多種多様なサドルを作っています。
アメリカのサドルはシンプルさと強さを物語っていると僕は思います。
大きなサイドDリングを持ち、チェーンソーやハンドソーを吊るすためのスナップとリングが付いています。
アメリカのハーネスの歴史やデザインについてもっと語るべきことはありますが、今度はヨーロッパのハーネスについて話をしたいと思います。
ヨーロッパ
初期のヨーロッパのハーネスは、空軍のパラシュートハーネスの影響を受けています。
幅広で平らなウェビングが使用され、材質は戦前はコットン、戦後はナイロンとポリエステルに変わりました。
革とロープのアメリカンモデルとは対照的です。
左: 歴史的パラシュートハーネス 中央: T24LE OFF SHORE フルボディー 右: Willans T22
英国デザインのWillans「T24LE OFF SHORE Fullbody」はパラシュートハーネスとボースンシート(ブランコの腰掛け様のシート)がミックスした形状で、レッグストラップは軽量で高強度です。
小さなサイドDリングがあり、ロープとの接続にはカラビナを使います。
Willans T22(1994年製)アーボリストシットハーネスには、細いレッグループを備えたボースンシートが付いています。
しかしそれはアメリカンデザインの悪い要素だけが際立ち、良いところはありません。
本当に履き心地が悪いハーネスです。
「ブリッジ」の使用によりクライミングシステムは常にクライマーの重心に添ってに左右に移動し、腰の圧力も和らげてくれます。
バットストラップやボースンシートでは重心が片寄ると腰が一方に押され、両腿もくっ付いてしまいます。
Williams は2つの三角形のステンレス製リンクがスチールのリンクで束ねられています。
アメリカンデザインでは2つのリンクを離して、クライマーに掛かる負担を減らそうとしています。
スプレッダーバーを使えば腰がハーネスで挟まれる痛みは軽減されます。
スプレッダーバーフックを左右のアタッチメントポイントに掛けて、中央のホールにクライミングシステムを連結します。
ブリッジスタイルで実際に登ってみると、その安心感が体験できます。
クライミングシステムをブリッジに取り付け、垂直に吊り下がってみてください。
ブリッジが短ければ短いほど腰に掛かる圧迫が大きく、逆に長ければ長いほど圧迫は和らぎます。
2番目のシステムを同じブリッジに掛けて、お互い反対方向から吊られるようにすると、ブリッジは水平に張られて、圧力緩和が顕著になります。
左: スプレッダーバー 右: 二つの相対するアンカーから同じブリッジに接続
ツリーオーストリア
ツリーオーストリアは1998年にバックパッド、レッグストラップ、厚いウェビング付きのフローティングブリッジ(交換不可)、そして大きなサイドDリングというデザインから始まりました。
ポリエステル/ナイロンの生地にアルミの金具を付けた軽量ハーネスでした。
このモデルには、ボースンシートが付いてていました。
1999年も同じ様なデザインですが、サスペンダーが付きました。
2004年にフローティングブリッジが再設計され、円形リングが追加されました。
ブリッジの両側にもDリングが付き、レッグループにクイックリリースバックルが付きました。
注目は、上部ウェビングの長さが調整可能になり、クライマーは吊り下がった時の重心の調節を正確にできるようになりました。
2008年にはレッグループ、ブリッジが再設計されました。
アルミの下部Dリングはウェビングに変更しました。
調整可能な上部ウェビングは、調整不可能なウェビングに戻りました。
2010年には交換可能なブリッジ、上部ウェビングが2点調整できるようになりました。
2014年にはレッグループの大幅な再設計、ウェビング下部Dリングも再設計されました。
2021年は2つのブリッジを取付可能にするブリッジサスペンションコネクタの再設計と、レッグパッドの再設計が行われました。
すべての変更を通じてツリーオーストリアは常に、軽量素材、大きなサイドDリング、大部分でサスペンダー機能を使い続けています。
2005年に僕が登り始めた時、典型的なハーネスは:
• バックパッドとレッグループのデザイン
• 比較的広いレッグパッドとバックパッド
• ブリッジの脚側およびウエスト側に調節可能なウェビング
• 交換可能なブリッジ
• ヨーロッパのサイドDリングはアメリカのものより小さい傾向
• ストラップをブリッジの両側に取り付ける手段(ロアーDリングまたはシャックル)
• さまざまなツールハンガー
• 軽量
• 5年の耐用年数
現在、一般的にブリッジの下部と上部でウェビングの長さが調整できるようになっています。
クライマーが自分の体をもっと起こしたい時には上部のウェビングを短くします。
剪定時にはより水平なポジションが良いでしょうし、クレーン作業時はもっと垂直な位置にするのが良いでしょう。しかし一人一人体格や感覚の好みが違いますから、快適さとハーネスの性能を最大限に引き出すために調整は非常に大切です。
ツリーマジック
2000年代、エーデルリッドとARTのヒューバート コワルスキーは共同でツリーマジックと呼ばれるハーネスを作りました。
調節可能なレッグループ、ウエストループ、フローティングブリッジがありました。
僕の限られた知識によると、ツリーマジックは時代を超えたいくつかの良いデザインを結集し、まとめられたハーネスです。
ツリーマジックにはサスペンダーやフォールアレスターのオプションはありませんでしたが、後継のツリーコアで実現しています。
生産中止となった現在、ツリーコアには多くのクライマーがノスタルジアを感じています。
ツリーマジックから受け継いだ部分が2つあります。サイドDリングとブリッジDリングですがサイズは小さくなりました。
このハーネスにはスパークライミング重視のアメリカンスタイルではなく、ロープクライミング技術に重点が置かれたデザインのようです。
左: ツリーマジック 1 右: サイドDリング:#1 (ボトム), #2 (トップ) ツリーマジック 1
ツリーモーション
全てが交換可能な部品で構成される先進的なアイデア、カスタムツールラック、履き心地の良さ、高度なポジショニング、様々な構成機能を備えたツリーモーションは多くのクライマーから支持されてベストセラーになりました。
いくつかのヨーロッパ認証が付き、ANSIにも準拠しています。
オリジナルの「スタンダード」は、かなり先進的なデザインだったため、基本デザインはほぼ20年変わらずに、マイナーチェンジもなく生産されてきました。
今では標準的になったロアーDサスペンションポイントとそれに関連する技術はツリーモーションから始まりました。ツリーモーションも既に歴史的なハーネスの一つになっているのです。
オリジナルロアーDのデザインはどこから来たと思いますか?
ツリーモーションスタンダードとロアーDリング
ポジショニングとサスペンション
今日の洗練されたポジショニングシステムは複数のシステムを一つのブリッジに結合して構成されています。
1つ、2つ、3つ、時に4つのシステムが複合されていきますが、数が増えれば増えるほどシステムがお互いに干渉しないように注意深く組み立てていくことが重要です。組み立てを誤ると致命的な欠陥を作ることになるからです。
クライミングロープがブリッジ上を移動するシステムの歴史は、ジェリー ベラネックのカスタムメイドサドルまでさかのぼる事ができます。
ペッツル以外のハーネスは、すべてブリッジにアルミかスチールのリングが付けられて販売されています。
初心者クライマーは、そのリングにクライミングシステムを取り付け、ランヤードをサイドDかロアーDリングに取り付けるよう教えられます。
最初はシンプルな方法を習得する事がより安全に繋がりますが、上達していくに連れて、請け負う仕事もそのために使わなければならないワークポジショニングも複雑さが要求されます。
より自由な動きのためにランヤードをブリッジに繋げる事がしばしば行われます。
ダブルブリッジも一般的になりつつあり、かなり多くのクライマーがその1つにスイベルを取り付けているようです。
リングかスイベルかという選択も、現在は複雑な3点式スイベルに取って代わられました。
当然のことながら、すべてのクライマーを惹きつける物ではありません。
特にシステムをシンプルに作りたいクライマー(時に効率を損ったとしても)には。
しかし2つのクライミングシステムを常に使う僕のようなテクニカルクライマーにとっては非常に魅力的な道具です。
いくつかの道具を紹介します。
左: DMM Link It, ネクサススイベル付 中央: カンプ ジャイロ3 右: 各デバイスにスイベルを付けて
DMMのLink It シリーズは、様々な組み合わせが可能です。中央の黒いリンクは三種類の形状から選べます。そこに取り付けるスイベルも多数のオプションがあります。ブリッジはグレーのシャックルに通し、デバイスはグリーンの他の2つのスイベルに取り付けられます。
アルミボディーは柔らかいのでクライマーが左右に移動するごとに摩耗します。
大きな心配をする必要はありませんが、スイベルやブリッジが摩耗するのは理想的ではありません。
個人的には、ブリッジにはスチール製のものを付けて、より滑らかで耐久性の良いセットにしています。
Link It は、システムをうまく整理するのに非常に優れていますから、お勧めします。
GYRO3 はスチール製です。小さ過ぎてカラビナが衝突する可能性があります。
よくできていて、DMMの Link Itよりも安価です。
スイベルに複数の器具、特にメカニカルデバイスを取り付けて使うと、システムを整然と保つのに役立ちます。
スイベルを使用するとロープはねじれが取れ、デバイスにスムーズに入り込んで効率が向上し傷みが少なくなります。
三つ目のセットは、スチール製ピンが付いた大きなロックエキゾチカのシャックルスイベルに2つの小さなロックエキゾチカのナノスイベルが各デバイスに1つずつ付けられたものです。
両方とも同じポイントに取り付けられているため、カラビナー同士がぶつかりますが、ほとんどの場合問題なく使えます。
記事をお読みいただきありがとうございました。
ご不明な点がございましたら、ODSKまたは私の個人ホームページまでご連絡ください。