No47. 3ロープシステム - アーボリストのためのバックアップシステム
1980年代より、クライマーは2本のロープを使うクライミングテクニックを使ってきました。
一つは長いロープのクライミングシステム、もう一つは短いロープのランヤードシステムです。
二つともアンカーポイントに向かって登るのに使われます。
クライミングシステムは樹上で長い距離を移動するのに使い、ランヤードシステムは作業時に体を安定させるのに使います。
一般的にクライミングシステムはMRS (ロープが動くシステム、以前はDdRTと呼ばれていました。)でセットされ、1つのアンカーにセットします。
ビレイデバイスはロープブリッジまたはその付近にあるウェビングを介してハーネスに連結されます。
ランヤードシステムも基本的にクライミングシステムと同じくMRSですが、スパーで登っている時やクライミングシステムを掛け替える時、枝を切り落とす時などに体を確保するために使います。
ランヤードシステムは通常ハーネスの両側に取り付け水平方向に掛けて使います。
クライミングシステムは通常1つのアンカーに付けられ、そこを中心に木のいろいろな場所へ移動できるようになります。
ランヤードシステムは作業をするクライマーの体を安定させます。
2つのシステムを使い木の形状をワークポジショニングを使ってクライマーが振り子のように振られるのを防ぎます。
ランヤードはアンカーを支点に振られようとするクライマーを安定させるのです。
アーボリストは作業中に2つの個所、すなわちクライミングシステムとランヤードシステムで体を確保するよう教えられます。
2つとも作業を始める前、例えば枝を切り落とす前ににあらかじめ取り付けておかなければなりません。
教科書によっては2番目のシステムも体をしっかり確保できるものでないといけないと教えています。
これは議論を呼んでいます。
なぜならクライマーが枝先に平行移動すればするほど強度が下がり、クライマーの体を支えられなくなるからです。
この2ロープシステムは40年もの間アメリカ、イギリス、そしてヨーロッパで試されテストされてきました。
その間システムの摩擦を利用した構成部分の技術的な発展がありました。
ロープの性能もクライマーのテクニックと共に著しく発展してきました。
しかしシングルロープがメジャーになった現在もランヤードを使う2ロープシステムは変わらず存在しています。
MRS(ムービング ロープ システム ロープが動くシステム *DdRT)
MRSは簡単に使えるシステムです。ロープのワーキングエンドが常に手元にあるため、セッティングと回収が楽です。
初心者にも理解しやすく使いやすいシステムです。
長いロープが必要になりますが、余った部分を他のアンカーポイントに掛けてまとめておくと良いです。
アンカーポイントでリングやプーリーに通しておけばレスキューの場合に引き上げが楽になります。
MRSの難点
・地上からのセッティング
・アンカーポイントの摩擦の処理
・倍力(2:1)が働くため多少無理な姿勢でも上ることができ、長期的に腕を痛めてしまう可能性がある
・長いスタンディングエンドの取り扱いがめんどくさい
・ロープが長く重くなる
・リダイレクトがややこしい
・複数の木を移動する場合ややこしい
SRS(ステイショナリー ロープ システム ロープが動かないシステム *SRT)
ロープを複数の枝又(アンカー)を通して木の根本に固定するのが最も簡単なSRSのスタイルです。
クライマーは摩擦の影響を考えることなく、複数の枝又にロープを通過させて仕事をすることができます。
こんなに簡単に木に登る方法は他にはありません。
リダイレクトを最小限に(2回程度)押さえていれば、回収も楽に行えます。
MRSではロープのスタンディングエンドの取り扱いがクライマー、グランドワーカー双方にとってかなりの労力になりますが、SRSでは木の高さや仕事内容に応じてロープの長さを調整することができます。
1つのクライミングシステムと1つのランヤードシステムを使う2ロープシステムという点ではSRSもMRSと同じです。
地上にアンカーを設置する(ボトムアンカー)のはSRSの専売特許ではありませんが、それがSRSの人気を高めました。
ボトムアンカーには良い点も欠点もあります。
アンカーが1箇所だけでは強度不足と思われる場合、複数のアンカーを設置することができます。
もっとも強度の弱いところで強度を増やす(圧縮、引き伸ばしの方向に荷重を掛ける)
SRSシステムの難点:
・上のアンカーとボトムアンカーの間を切ってしまうとクライマーは墜落してしまいます。
この部分を誤って切ってしまう可能性は非常に高いでしょう。
クライマーやグランドワーカーによって、また切り落とした枝や幹が当って切られる可能性もあります。
・ボトムアンカーはレスキュー時に戸惑わないように正しくセットしなければなりません。
・樹上にアンカーを作る(トップアンカー)場合、回収できるようにしっかりとセッティングする必要があります。
MRSもSRSも、2ロープシステムで使用する場合にはいくつかの課題があります。
アンカーポイントの強度は大丈夫か?
枝先のどこまで安全に出ていくことができるか?
その際どこまでアンカーに掛かる荷重が増加するか?
クライミングシステムが安全な状態からどの時点で危険な状態に変わるのか?
どの時点でもう一つの補助クライミングシステムを加えるべきか?
安定性を増やしたり、アンカーポイントをバックアップするための方法はいくつか挙げられますが、
ここでは3ロープシステムを紹介します。
これは初心者にも経験を積んだクライマーにも使いやすく、安定性の良さとアンカーのバックアップがしっかりした状態で登ことができるシステムです。
3ロープシステムの基礎部分はSRSです。
簡単にセットできるボトムアンカーと安全性の高いトップアンカーの組み合わせです。
アクセスもワークポジショニングも楽になります。SRSではリダイレクトが何も器具を使わなくても簡単に出来ます。
メインライン、ワークポジションラインどちらも簡単にリダイレクトでき、クライマーを2方向から支えます。
ワークポジションラインは枝のかなり外側にもリダイレクトできます。
これでメインラインのアンカーとリダイレクト間のどの地点でも安定したワークポジショニングを取ることができます。
一つのシステムで体を確保しておけばもう一つのシステムを外すことができます。(目の前にある枝をかわしてリダイレクトをするのに利用できます。)
この2つのシステムにランヤードを加えるとクライマーは3次元的に自由に動くことができます。
システムは地上から回収できます。
大事なポイント
ボトムアンカーでセットしたSRSで簡単にアクセスできる。
ボトムアンカーによって余裕のあるナチュラルアンカーを作ることができる。
トップアンカーの設置で安全性が向上する。
振り子が大きくなった時、容易にリダイレクトできる。
ワークポジションラインとメインラインを相対する位置に置くことでより安定したワークポジショニングを取ることができる。
多くの枝を通り抜けて自由に移動することができる。
一つのシステムに体を確保し、もう一つのシステムを外して枝の向こうに回しまた体に付け直すことで、枝を乗り越えずに枝の向こうに行くことができる。
システムは容易に回収できる。
テクニカルガイダンス
スローラインとボトムアンカーシステム
スローラインは直径2mm程度のガイドラインで、先端に小さいウェイトを付けて投げます。
ウェイトは投げ上げるのにちょうどバランスの良い重さで、練習をすれば30m程の高さにまで投げることができます。
離れた場所にアンカーをセットするのは難しいです。
高所作業において離れた場所からアンカーをセットできる方法を僕は他に知りません。(多分忍者?)
アーボリストの先輩達がこの方法を確立しました。
高い場所に正確に投げ上げるのは簡単ではありません。
ここで常に考慮しなければならないのは、アンカーにしようとする枝が十分に強いかどうか確かめる事です。
アンカーを選ぶに当たっては、僕は以下のシンプルなルールに沿っています。
・木は健康に見えるか?
・どこにアンカーをセットすれば作業を安全に楽にこなす事ができるか?
・枝は上向き?斜め上向き?水平方向?(上向きがベスト)
・アンカーを付ける位置は枝の付け根にダメージを与えるテコの力を生み出さないか?
・できればアンカーを複数設置して荷重分散をする
・アンカーを設置しようと思っている位置を多方面から確認する。チームメートにも確認してもらう。
クライマーは一旦木に上ってしまえば、自分が選んだアンカーに命を預けることになります。
最初から高い位置にアンカーを設置しようとせず、少し低めでも丈夫な枝にアンカーを設置してアクセスし、そこに登ってから最終的なアンカーを選ぶ(上のアンカーの状態を確認しやすくなる)というやり方でアプローチすることをお勧めします。
スローラインをアンカーポイントに掛けられたら、SRSでクライミングロープをセットするのが一番簡単で効率良いアクセス方法です。ボトムアンカーの固定方法には色々ありますが、もっとも簡単な方法はランニングボーラインです。
アンカーレッグ(ロープを折り返した上の枝からボトムアンカーまでの部分)をどこに通すのが良いかしっかり考えるのが大変重要です。
またボトムアンカーシステムは上の枝をへし折ろうとする力が掛かりますので、不適当な場所にロープを掛けると限界を超えて枝が折れてしまう可能性が出てきます。
クライマーがロープにぶら下がった時にその荷重が木を圧縮する方向に掛かるようセットして下さい。
(『安全なアンカー作り』の記事に詳しく書いてあります。)
もう一つ、ハーネスから下げたチェーンソーの刃がアンカーレッグに当たらないようしっかり注意して下さい。
テンションの掛かったロープは簡単に切断されてしまいます。
ノットブロッキング リング&リング(カンビアムセーバー)
クライマーの皆さんならこの普遍的な道具を一度は使ったことがあると思いますが、リング&リングには非常に興味深い歴史があります。
あるフランスのクライマーがエイト環を真ん中から切って出来た2つのリングをスリングでガースヒッチにして繋いだのが始まりです。
1つのリングが大きく、もう片方が小さいので、ロープエンドをコマ結び(オーバーハンドノット)にすると離れた場所から回収できます。
結び目が大きなリングを通過し小さいリングで引っ掛かり枝から引きずり下ろすのです。
リング&リングはクライミングロープと木の双方を保護する不可欠な道具になりました。
この道具はまたカンビアムセーバー(カンビアム=形成層)とも呼ばれています。
動いたロープが樹皮の下にある形成層を痛めるのを防いでくれるからです。
初期から使われている大きなリングは新しいテクニックでは使えません。
SRSクライマーはより小さめのリングを使う傾向があります。
(テューフェルバーガーのマルチスリングに使われているリングです。)
なぜ大き過ぎるリングが使えないかというとSRSではノットブロッキングというテクニックを使うからです。
MRSではロープのワーキングエンドを2つのリングに通してからハーネスに固定するので、ロープは輪になってリングに捉えられた状態になります。
SRSではワーキングエンドを2つのリングに通してからアルパインバタフライノットを作ってリングを抜けないようにします。
リングが大きすぎるとノットがすり抜けてクライマーは墜落してしまうので、細心の注意が必要になります。
リング&リングを自作するなら、大きなリングは34mm以下のサイズを使って下さい。
これならば11.5mmのロープを使ったノットブロッキングが確実に機能してくれます。
僕は大きいリング2つと回収用のコネクターを使っています。
3ロープシステムによく適応していると思います。
クライミング
ツリークライミングはロープクライミングと表現するのが最適です。
強度のない枝先までクライマーはロープに吊られて曲線的な動作を繰り返しながら到達していきます。
クライマーの体重はロープを伝わって木に結ばれたアンカーに到達します。
ツリークライミングはブランコを漕ぐのに似ています。
クライマーが木の上を移動するたびにブランコの長さが変化するわけですが。
木
木はさまざまな形がいくつもくっついた構造になっていて、根から枝先までそれが連続して繋がっています。
振動があると、それは一ヶ所から他の場所に伝わります。
いくら大きい木でも、いくら小さい振動でもそれは伝わっていきます。
この性質によって風で作られた衝撃も和らぐのです。
健康な枝が誤った切り方や間違った手順によって切り落とされると、木は枯れてしまいます。
木は非常に長い時間を掛けて強い躯体に進化してきました。
風によって揺られ続けてきた事が進化の過程で重要な要因だったと思います。
木はさまざまな形がいくつもくっついた構造になっていますが、全体が総合的に成り立ってシステムを構成していると考えるべきです。
そして1本の木はそれだけ独立しているのではなく、もっと大きな森林の一部として捉えるべきです。
メインラインを強靭で安定したアンカーポイントに設置する事が絶対条件になりますが、そこを押さえればワークポジションラインは木が持つ驚くべき衝撃吸収力を利用して色々な場所に設置することができます。
圧縮
クライマーは常にロープにテンションを掛け続ける必要があるため、アンカーポイントにも直接その影響が及びます。
細長い枝にぶら下がろうとすれば、即座に枝は折れるポイントまで曲がってしまいます。
クライマーはそれぞれの枝が持つ強度や柔軟性などの性質を学んでおく必要があります。
枝が長くなればなるほど簡単に曲げることができます。同様に長くなればなるほど簡単に折ることもできます。
しかし細長い枝でも枝と並行方向に引っ張ると、思った以上の強さがあります。
この性質をうまく利用して正しくロープを仕掛ければ、たとえ枝が水平方向に伸びていたとしても利用することができるのです。
水を吸い上げる春には弾力が増し、厳冬期には水分が全て凍りついて折れやすくなるというように性質がかなり異なってきます。木の性質は環境によって変化するという事もクライマーはしっかり学ばなければならないのです。
例
アンカーをどのように設置し3ロープシステムを使うかという例を一つ挙げてみます。
最初は分かりにくく感じるかも知れませんが、僕も自分でやってみてすぐにセットできるようになりました。
セッティングの手間を補う充分な見返りがあります。
そして回収も比較的簡単にできます。
僕はロープを使った伐採を何年もやっていますが、アンカーにもっと注意を払わなければと思うようになってきました。
アンカープランとセッティングにもう少し時間を費やしただけで、安全と効率が目に見えて良くなります。
1・スローラインまたはランヤードの掛け替え (ALT) を使ってアンカーポイントに到達
2・メインラインをリング&リングに通してノットブロック
3・ワークポジションラインをリング&リングに通してノットブロック
4・クライミング: メインラインはアンカーに近づき離るために、ワークポジションラインはアンカーから離れた時に体を安定させるために使う。
5・回収のための備え: ワークポジションラインのナチュラルリダイレクト(枝に直接ロープを掛けること)の数を増やし過ぎない(およそ3回まで)。メインラインはアンカーからクライマーまで真っ直ぐに通っているようにする。
6・ボトムアンカーを解く。
7・両ラインのノットブロックを引き下ろし解いてからワークポジションラインを引き抜く(スタンディングエンドが短すぎる場合は、引き下ろすための細いラインを縛り付けておく)。
8・メインラインを引きリング&リングを回収する。
1. ケヤキと松
2. ケヤキと松
3. アクセス:メインライン(赤)は強度のしっかりした場所に掛ける。
注目:アンカーレッグは3つの箇所でケヤキに接している。
4. メインラインをリング&リングに通しノットブロック(アルパインバタフライ)でトップアンカーを作る。
ボトムアンカーは、トップアンカーのバックアップとリング&リングが上の方にズレ上がるのを防ぐために解かずそのまま縛っておく。
5. メインラインのノットブロック
6. ワークポジションライン(黄)をトップアンカーより高い位置 (B.C etc.)に掛けてからワーキングエンドをリング&リングに通しノットブロック(アルパインバタフライ)でトップアンカーに固定する。
7. メインラインとワークポジションラインがリング&リングを通ってノットブロックで止められている。
8. ルートプラン: ワークポジションライン(黄)を作業地点の上 (D) でナチュラルリダイレクトする。
9. メインライン(赤)を使ってワークポジションライン(黄)の方へ登っていく。そこで両方のシステムに繋げる。
10. さらにリダイレクトできるようなら、ワークポジションライン(黄)をそこ (E) に掛ける。この時クライマーはメインラインによってしっかり確保された状態である。この動作中必要があればランヤードを使って体を安定させる。
11. 『平安な世界』を使ってアンカーの方向に戻る。
12. 平安な世界(詳しい内容はこちら)
13. ワークポジションラインからビレイデバイスを取って E から回収する。
14. 次の作業地点に移動する。
15. アンカー同士が相対する位置にあれば、クライマーは自分の動作をコントロールできる。
16. 回収: 2本のロープに吊り下がって地上まで戻る。
17. ボトムアンカーを解いてメインラインとワークポジションライン双方のアルパインバタフライを地上まで下ろす。
18. 双方のアルパインバタフライを解く。ワークポジションラインを完全に引きずり下ろす。
19. メインラインの反対側を引っ張ってワーキングエンドを持ち上げる。ロープエンドに回収ボールを取り付けておく。
20. リング&リングおよびメインラインを回収する。
21. 木から全ての道具が外されました。ダメージもありません。
そしてクライマーは安全に手際良く仕事を全うしました。
アンカーレッグがどこを通っているか確認しよう。
メインラインをリング&リングに通す。
ワークポジションラインをリング&リングに通しノットブロックでセットする。
バックアップの説明
下降する。
ワークポジションラインでリダイレクトのセットをする。
リダイレクトしたワークポジションラインとメインラインを使ってクライミングする。
枝を通り過ぎる。枝を切る。
メインラインとワークポジションラインの回収
注)
・メインラインもリダイレクトする事ができますが、回収時はアンカーとクライマーが一直線になるようにして下さい。
そうしないとリング&リングの回収が難しくなります。
・スローラインが使えない場合やアンカーレッグが作業中に邪魔になる場合は、ワーキングエンドを持ち上げて束ね、適当な場所に縛っておくことができます。
・このシステムはバックアップに重点が置かれているので、ブリッジが2本付いたハーネスの使用をお勧めします。それぞれのビレイデバイスが独立して取り付け取り外しできるからです。
・どのビレイデバイスを使うかはクライマーの自由です。面白いポイントは、通常SRSではそれのみで使えないヒッチコードがワークポジションラインで使えます。メインラインと荷重分散しているからです。しかしヒッチコードのみで長い下降はできません。荷重分散の方法を準備する必要があります。
・メインラインの長さは地上からアンカーポイントまでの高さの2倍必要です。ワークポジションラインは高さ分あれば充分です。ちなみに僕のメインラインは50m、ワークポジションラインは25mです。
・3ロープテクニックを使うとサイドランヤードを使いリダイレクトのスリングを使わなくなる傾向になります。